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第7官界彷徨

第7官界彷徨

舞台鑑賞・能楽堂&こまつ座2012年

2012年1月14日
 今日は、国立能楽堂に、観世流の能を見に行きました。
 なんと、斜め前に、ドナルド・キーンさんがいました。びっくり。

 今日の能は「楊貴妃」
 初めに、馬場あき子さんが、この能についての説明をしてくださいました。
 白楽天が書いた楊貴妃と玄宗皇帝の愛を歌った「長恨歌」は、源氏のテキストの後ろに必ずついているし、読んだことはあるけど、本当はあんまり頭に入っていなかったけど、馬場あき子さんの説明でよく分かりました。

 唐の玄宗皇帝は、息子の嫁である楊家の娘を自分の妻にしたんだけど、楊貴妃の美しさに溺れて、政治がおろそかになり、楊家の人間が政治を執るようになってしまい、安禄山の反乱が起きた。
 玄宗皇帝は都を逃れ、楊貴妃は梨の木に吊るされて殺されてしまった。

 しかし、玄宗皇帝側の勢力が持ち直し、都に帰り「中唐」の時代となる。しかし、うつうつと日を暮らす玄宗のために、白楽天が長恨歌を書いた。

 という感じかな?
 そして「能」の楊貴妃は、死ぬことがない仙女という設定。
 玄宗皇帝は、世界の果てまでいける方士(法師みたいな人)に、楊貴妃を尋ねさせます。
 
 馬場あき子さんの説明によれば、永遠に死なない命を持つ楊貴妃は、孤独な魂の持ち主。たまたま玄宗皇帝と過ごした、点のような短い時間こそ、永遠に等しい素晴らしい時間だった。
 会者定離の悲しみを味わっている常世の国に住む楊貴妃の思いを、この「能」の楊貴妃に語らせている、、、とのことです。

 能の中では、常世の国で楊貴妃に出会った方士は、その出会った印の何かが欲しいと楊貴妃に願い、かんざしをもらうのですが、それは他にもあるかもしれないので、物ではなく皇帝と楊貴妃だけに分かる、2人だけの秘密を知りたい、と言います。
 
 そこで楊貴妃は玄宗皇帝と交わした睦言の「比翼連理」の言葉を語るのです。

 重厚な、素晴らしい舞台でした。
 ドナルド・キーンさんにも遇えたし、帰りには千駄ヶ谷の駅で馬場あき子さんにも会えて、「お話ありがとうございました」と、話すことができました。
 今年は良いことがありそうな、何となく目出たい一日でした。
 
2012年3月3日
 今日は、青葉の森というところに「能」を見に行きました。車で15分くらいの所です。30分くらい余裕を持って行ったら(待つのが嫌いな私)思わぬ伏兵が!
 なんと梅林の梅が咲き出したということで、善男善女が梅見に詣でて、駐車場が満杯!仕方なく待っていたら意外と出る車も多くて、10分前には入場出来ました。

 演目は
 舞「高砂」友枝昭世さん
 高砂の浦で神主は、老夫婦に出会います。そして自分たちは相生の松の精だと告げ、住吉で待っていると言います。神主が住吉へ行くと、住吉の明神さまが現れて、天下泰平を祝福します。
 友枝昭世さんの舞は、丁寧できりりとしてすばらしい、なんて素人が言ったらおこられるかな?人間国宝だし。

 狂言「隠狸」野村萬さん、野村扇丞さん
 太郎冠者に、主人がタヌキを獲って来るように言いますが、「とんでもない」と断られ、それでは市で買って来るように言います。
 実は、太郎冠者はタヌキを獲っていて、それを市に売りに行くつもり。
 主人に見つからないようにタヌキを隠す太郎冠者ですが、酒を勧められて、つい。
 和風ぬいぐるみのある舞台を初めて見ました!のんべえの太郎冠者役の野村萬さんが、お酒を飲むうちにお顔が赤くなって来るように見えました。
 人間国宝の洒脱な芸に、会場が沸きました。

 能「船弁慶」子方 友枝大風くん
       静御前 平知盛 塩津哲生さん
       弁慶  宝生欣哉さん
 
 頼朝との不和で、わずかな主従で都落ちをする義経(子方)。
 義経役の友枝大風くんが、小さいのにきりりと気品があって、良かったです。主君を守る弁慶は従って来た静御前を都に返すことを進言。
 別れを惜しむ静の哀しい別れの舞。
 海上に出てしばらく行くと、にわかに天候が崩れ、波間に現れた平家一門の亡霊が義経一行におそいかかります。
 
 前半で静の舞を舞った塩津哲生さんが、今度は荒ぶる知盛の霊となります。
「これは桓武天皇の9代の後胤、平の知盛幽霊なり。あら珍しや義経。
 知盛が沈みしその有様に
 又義経をも海に沈めんと、夕浪に浮かぶ薙刀取り直し、巴浪の紋あたりを払ひ~~~」

 「そのとき義経少しも騒がず打物抜き持ち現の人に、向かふがごとく、言葉を交わし戦ひ給へば~~~」

 弁慶は数珠を揉みながら、いろいろな神様仏様の名前を呼んで、主従力を合わせて悪霊退治を行う、、というお話でした。
 
 能って、おぢさん人口が多いと思いますけど、若い人たちも増えている感じ。
 
2012年5月12日
 今日の狂言は、伯父さんの嘘の話でだまされる甥が、嘘が上手になるタネをくれるという嘘をつかれてしまう「謀生種=ほうじょうのたね」
 漫才の原種みたいな感じ。
 富士山に袋を懸ける話、琵琶湖を器にお茶をたてて飲み干す話、播磨の印南野に寝ていて淡路島の草を食べる牛の話。伯父さんのように嘘が上手になりたいという甥。
 最後も、だまされて怒ったり恨んだりしないで、あくまでも伯父さんを慕っている感じが、良かったです。

 能は、須磨源氏。
 日向の国の神官が、伊勢神宮にお参りの途中で、津の国の須磨の浦に着きます。
 そこは昔、光源氏が流されたところなので、光源氏が植えたという若木の桜を見物することにします。

 花をながめていると、そこに老人がやってきて、光源氏の生涯を語ります。

 里人の話を聞き、神官は、その老人こそ光源氏ではないかと思い、なおも奇跡を待ってその場所に旅寝をしていますと、若く美しい源氏があらわれ、今は天に住んでいるが
 ♪所も須磨の浦なれば、青海波の遊楽に、引かれて月の夜汐の波
 ♪返すなる、波の花散る白衣の袖
 ♪玉の笛の音 声澄みて

 と、美しく青海波を踊るのです。踊が上手!!

2012年6月2日
 今日のは、面や装束を付けずに、紋付と袴姿での上演です。

最初に仕舞「夢浮橋」
 これは瀬戸内寂聴さんの新作能で 、宇治十帖で薫と匂宮の間で悩んだ浮舟が、入水し出家に至る話。

次に舞囃子「野宮」
 嵯峨野の野宮を訪れた僧の前に、六条御息所の幽霊が現れる。
 ♪いかなる車と問はせ給へば、思ひぞいづるその昔、賀茂も祭の車争ひ主は誰とも白露の~
 
 そして、いつまでも妄執から浮かび得ない身は、神の意にも添わないだろうと、やがて車に乗って「火宅」の門を出て行きます。

次は間語り「源氏供養」
 紫式部が源氏物語を書くに至ったことと、源氏物語のテーマを語っていただきました。

次に仕舞「浮舟」
 薫と匂宮の間で交錯する情念の苦悩を見せる浮舟の霊。
 僧の弔いに執心を晴らして成仏する浮舟です。

次に仕舞「玉葛」
 長谷寺に詣でた僧の前に現れた玉葛の霊は、
♪心は真如の玉葛、心は真如の玉葛、長き夢路は覚めにけり~!
(私は、玉鬘は、人生を真っすぐに生ききった、と思っているので、霊には出ないタイプだと、思うけど)

次に舞囃子「葵上)
 物の怪に取り憑かれた葵上。
 横川の小聖の前に現れたのは鬼となった六条御息所の幽霊。
 ♪読誦の声を聞く時は、悪鬼心を和らげ、忍辱慈悲の姿にて、菩薩もここに来迎す。
 成仏得脱の、身となりゆくぞ有り難き♪

 きりりとした、良い舞台を堪能しました。

2012年6月22日

 今日は初心者向けの「能楽鑑賞教室」
 まず最初に解説「能楽の楽しみ」

 いろいろなお話の中で、一番身につまされたのは般若の面のこと。
 ツノは女性のもので男性にはないんだそうです。
 そして、胸に刺さったトゲがツノになる、それは情念のかたまりで、攻撃するためのものではない、のだそうです。
 本当は胸の奥底にしまっておきたかったのに、苦しさに表に出てしまった哀しみの面。

 ただただ怖い面としか思っていなかったです。

 狂言は、大蔵流の「柿山伏」
 中学か高校の教科書で習ったような記憶が。
 すごく面白かったでsy。

 能は観世流の「葵上」
 葵上は出て来なくて、舞台にその衣装だけが置かれ、六条御息所の怨霊に苦しむ葵上を表しているのですって。

 始めに、生霊を呼び出すために巫女が呼ばれるのですが、霊を呼び出す言葉が
「寄り人は、今ぞ寄り来る長浜の、葦毛の駒に手綱ゆりかけ♪」
 というのは、今でも青森県のイタコの人たちが使うせりふらしい。

 巫女だけでは荒ぶる生霊を収められず、横川の聖の力を借りてやがて怨霊も成仏することができたのです。
 
 鑑賞教室用のパンフレットは、ストーリーの漫画つき。そのせいか、各地の教育委員会のマイクロバスが何台も来ていました。
 若い観客がとても多かったです。

2012年6月28日
 近所の文化ホールに、平家物語」の琵琶を聴きに行きました。大河ドラマ記念なんですって!!
 琵琶ってちゃんと聴いたのは初めてで、以前「耳なし芳一」の映画で見たのは、低い音階でべべんべんべん♪とかきならし、それを伴奏に語りが多かったので、そういうものかと思っていましたが、昨日聴いたのは、もっと繊細ですごく芸術的な感じでした。

 奏者は、筑前琵琶の田原順子さんという方です。きれいな高い声がよく通り、それはそれは素敵な方でした。

 始めに、宮尾登美子さんの宮尾版平家物語から、田原さんが作曲した
・緋桜=清盛の初恋
・闇路=元服、出生の秘密を知る

 で、宮尾版平家物語の朗読と、琵琶の演奏が入ります。
 幼い清盛が家盛とともに里帰りしていた養母の祇園の女御を訪ねる場面、そして同じく祇園の女御の養女の待賢門院たまこさまに会って、その美しさに驚く様子。

 しずしずと進む行列の様子や、清盛の心の躍動感や驚きが、琵琶によって表現されているのです。

 次は、琵琶、笛、鼓の三重奏「琵琶悠遊」
 とっても素敵な音色でした。

 おしまいは、「熊谷と敦盛」
 琵琶の曲としてはすごく有名なものらしい。平家物語でも人々の涙をさそう場面のようです。

「元暦元年如月六日の夜、熊谷直実は一の谷の戦場へ。
 須磨の浦に着くと敵陣より聞こえてくる笛の音。
 やがて夜が明け、破れた平氏は海へ逃げる。

 一人の若武者と一騎打ちとなった熊谷直実は、難なく相手を組み敷き、首を取ろうと兜の内をのぞくと、それはわが子と同じ年頃の若武者、敦盛だった。
 直実はそのまま落延びさせようとするが、折悪しく味方が駆け寄って来る。
 やむを得ず敦盛を討った、直実がよろいを外すと、その腰には笛が一本差されていた。
 昨夜の笛の主と知った直実は、法然のもとで出家して、敦盛の後生を祈るのでした。」

 というストーリーなんですが、馬の蹄の音、松頼の音、渚に打ち寄せる波の音、合戦の音、すべてが琵琶で表現出来るのですね。
 あまりの素敵さにビックリです!周辺の人たちは悲しい話にみんなうるうるだったみたい。CDも買ったよ。

 不思議なのは、こんなに形も音色も素敵な琵琶が、余り広まっていないということ。
 三味線よりもいいと思うけど。

2012年8月29日
 月曜日に、新宿の紀伊国屋シアターに、こまつ座を見に行きました。
 坂東三津五郎さんがほぼ一人芝居の「芭蕉通夜舟」です。

 36句からなる歌仙の形式にのっとって、36景の屏風絵を次々と見て行く感じ。

 故郷伊賀上野で蝉吟公の食事係だった若い日からはじまります。
 ちょっと好みじゃないけど、芭蕉の「長雪隠」という話がでてきて、人生のかく場面で雪隠がらみ。この雪隠は、小道具として机にもなり、最後は全てを捨てて机(家とか)がなくても句ができる境地に達します。

 江戸に出て流行りの俳諧の師匠をしたり、深川の土木工事の書記をしたりしながら、「無一物のこじきが、工事人夫に物乞いをし、人夫よりも豊かに暮らしているらしい様子などを観察。

 世を捨てようと落飾するも捨て切れず。
 わびの境地を求めるも徹底できず。
 旅に出て捨て子を見て言葉の無力を知り。
 それでも死んでしまったその赤子を、句にすることでのちのちまでも残るようにと、、、思います。

 さびの境地もわかりかけます。
 蛙のはねるのを見て、それまでは鳴き声ばかり読まれて来た蛙を
 古池の水に飛び込む音、、、で画期的な表現をします。「新しみ」を見つけます。

 人々の称賛がほしいけどそんな自分がイヤ!
 おくのほそ道の旅に出て、いろいろな所を見ます。

「かるみ」をいえば軽々しい句が流行し、それをネタに俳諧師たちのいい加減な金儲け。
 上流階級の和歌から庶民の文芸としての俳諧だけれど、西行から宗祇から続く風雅の誠を持ってほしいのに。

「文台引き下ろせば、すなわち反故なり」
 座の中での瞬間にかける詩心のやりとりが俳諧の妙味であって、一巻を読み終えてその懐紙を文台から下ろせば、その懐紙はすでに反故紙に過ぎない、、、という意味らしい。 

 最後の場面は、芭蕉の亡骸を乗せた舟が、木曾義仲が好きな芭蕉の意思どおり、義仲寺をめざして進む。
 4人の朗誦役が肩を落とす中、三津五郎が船頭さんの役になって川をさかのぼって行くところ。熱いうどんを売るうどん舟の話ばかりで幕が下ります。

 私は、芭蕉さんがあちこちで感動体験をし、名句をいっぱい詠み、知名度も力も備わり、好きな旅をあちこちして、最後は義仲の隣に眠れる、、、という成功者の人生、、のイメージがあるんですけど、悩んで悩んで、最後は反故紙。という覚悟。
 さすが井上ひさしだわね。

 という、哲学的なお芝居だったみたい。これは、帰ってから資料を読んだりしてやっと少し理解できたほどの難しさ。
 でも、帰りに高島屋でお茶を飲んだりして、楽しかったよん♪
 

2012年9月29日

 お友達と千駄ヶ谷の国立能楽堂に行きました。
 展示室では「加賀の能楽名品展」。
 一応加賀の関係者なので(先祖がその辺に住んでいただけね)、嬉しく懐かしく拝見しました。能面も立派なのがたくさんあったけど、装束が素晴らしかったです。
 今でも全然古びないデザインや色柄、手のこんだ作りには、日本文化の奥深さに驚かされます。
 11月21日まで開催していて、無料です。お時間ありましたらいかがでしょうか?代々木病院のそばです♪

 今回の演目は、方丈記800年記念というもので、まずは「養老」
 子どもの頃に大好きだった「あかんぼばあさん」の紙芝居の関連作ね!(全然違うけど)

 孝行息子が養老の滝の水をすくって飲んだところ、元気が出たので、老いた両親にその水を持ち帰り飲ませたところ、若く元気になった、、、という不思議な水の話。

 これは、世阿弥の作といわれていますが、途中に
♪行く川の流れは絶えずして、しかも本の水にはあらず。
♪淀みに浮かむうたかたは、かつ消えかつ結んで、久しくすめる色とかや♪
 と、方丈記の冒頭が使われているのです。
 90分もの長い演目で、疲れてしまいました。

 つぎに狂言の「柑子」
 宴会の帰りに3つついた柑子みかんの枝をお土産にもらった主人。
 翌日、太郎冠者にみかんの行方をたずねますが、食べてしまった太郎冠者とのやりとり。
 ひとつ目は、枝から落ちてしまったので食べた、2つめは落ちないようにふところに入れて潰してしまったので食べてしまった。
 さて、残るひとつは、、、
 と、喜界が島に流された3人のうち、ひとり島に残された俊寛を哀れに思い、「六波羅=太郎冠者の腹」におさめた、、、というオチで、面白かったです。

 最後に「船弁慶」。
 頼朝の不興をかった義経は、西国に逃れるため、尼崎の大物の浦に行き、そこで静との別れをします。
 静の歩く衣擦れの音が素敵でした。
 最後の別れに、酒を汲みかわし、静は烏帽子直垂姿になって舞をするのです。

 そして船は出港、その後、晴天の船出だと船頭が喜ぶ間もなく、怪しい雲が出てきて、突然の武庫山下ろしの風が吹き、義経が海に沈めた平知盛の霊が出て来ます。
 
♪そもそもこれは桓武天皇9代の後胤、平の知盛、幽霊なり。
 
♪また義経をも海に沈めんと、夕波に浮かめる長刀取り直し、巴波の紋辺りを払ひ、潮を蹴立て悪風を吹きかけ、眼もくらみ、心も乱れて、前後を忘づるばかりなり♪

♪そのとき義経少しも騒がず、打物抜き持ち現の人に向かふがごとく、言葉を交わし、戦ひたまへば、弁慶押し隔て打物業にて叶ふなじと、、、、♪

 と、神仏の名を唱えるのです。

 青ざめた知盛の霊の踊りが、躍動感あって素晴らしかったです。

 方丈記は、多くの中世の文化人たちに影響を与えていたのですが、世阿弥は、能楽論でも方丈記の行く川の流れ、、、を引用しているそうです。
『たとへば、声は水、曲は流なるべし。
 しからば、絶えぬ声にて、曲をいろいろに流連して、音感重聞ならぬは、絶えずして、しかももとの声にはあらぬ生るべし。』

 なるほど〜♪ 

2012年10月10日
 今日は国立能楽堂に、古事記1300年記念の能「淡路」を見に行きました。
 写真は、萩のこぼれる能楽堂の坪庭です。
 一坪よりは広いけど、多分平家物語なんかに出て来る「坪庭」ってこのくらいはあると思う。

 まずは狂言の「昆布柿」
 茂山一家の達者な芸です。
 年貢を納める為に、今年も淡路の国の百姓が柿を、丹波の国の百姓が昆布を持ってやってきます。
 年貢が納められるということは、豊作だったということで、百姓たちも喜びに満ちています。

 次に能の「淡路」
 住吉に参詣した臣下の一行が淡路島にも渡り、古代の古跡を訪ねることにします。
 そこに現れた翁と男が田を耕しています。その田は二の宮の御供田だといい、二の宮とは、いざなぎのみこと、いざなみのみことの二つの神をいうので二の宮というのだと説明します。

 そして、この二つの神が混沌とした世界に淡路島を生み、大八州の秋津島を作ったという話をして消えます。
 
 そしてイザナギが現れ、勇壮な神舞を舞います。
 ♪
 さすは御矛の手風なり、引くは潮の時つ風、治まるは波の芦原の、
 国富み民も豊かに万歳を謳ふ松の声
 千秋の秋津州、治まる国ぞ久しき、治まる国ぞ久しき♪

 淡路という言葉は、阿波への路、という説と、神が小さな島を生んだため恥じて「吾恥=あわじ」と言ったという説などが。
 翁と男が、耕作する場面があり、神代から現在まで、五穀豊穣のこの世の象徴なんですって。

 実は、シテさんが急きょ代役になり、せりふが入ってなくて大変そうでした。
 気になってあまり面白くなかったです。神舞は素晴らしかったけど。 
 理由は分からないけど、こんなこともあるのね。
 
2012年12月8日
今日の能は「松山天狗」。昨日と今日が天狗についての企画公演だったみたい。
 天狗って反体制の人々みたいです。かぐや姫を守ってくれそうな♪

 狂言は「鞍馬参」
 
 初の寅の日に鞍馬に参詣した主人と太郎冠者。翌日主人は太郎冠者が多聞天から「福」を授かったことを知り、なんとかその「福」を取り上げようとします。
 主人の命令には逆らえない太郎冠者は、主人をなぶることを計画。
 やりとりが続く楽しさ。繰り返すので、せりふを覚えてしまいそう♪

 能「松山天狗」
 崇徳院の御廟を訪ねて、西行が讃岐の国にやってきます。
 そこで出会った老人は、西行を松山の崇徳院の御廟に案内します。

 西行は人も通わぬ御廟の有様をいたみ
*よしや君昔の玉の床とてもかからん後は何にかはせん
 と、歌を詠みます。

 崇徳院の化身である老人は感激の涙を流し、姿を消します。
 そこに、白峰の天狗に仕える鳶が、保元の乱のいきさつ、院が讃岐に流されての悲憤などを詳しく語ります。

 西行の来訪に喜んだ崇徳院の霊が姿をあらわし、都を偲んで舞楽を舞います。
 踊っているうちに悲憤が募る姿が、美しくも悲しい。

 その怒りを鎮めようと、山から天狗たちが現れて、勇壮な踊りと、院をかしこまって守る姿を見せて、院をなぐさめ、ともに白峰の方角に飛び去っていくのです。

 崇徳院は梅若紀彰さん。
 崇徳院の高貴さと荒々しさを、美しく踊ってすごく素敵でした。

 今回は「白峰」らしき岩や、崇徳院の御座などの大道具もあって、若い人たちが運んでセッティングするのも芸なんですよね♪

 上田秋成は、これを見てから雨月物語の「白峰」を書いたらしいです。

2012年12月16日
今日は、近くの青葉の森というところで行われた「青葉能」を見に行きました。
 
 普通のホールなのですが、能舞台を作って演じます。

 まずは仕舞。
 次に狂言の「鐘の音」
 太郎冠者は野村万作さんです。
 
 子どもの元服祝いに金で装飾した太刀を作ろうとする主人は、鎌倉に行って金の値を聞いてくるよう、太郎冠者に申しつけます。

 太郎冠者は「鐘の音=かねのね」と勘違い、鎌倉の各お寺の鐘の音を聞き分けていきます。

 極楽寺のは「割れ鐘」。建仁寺のはすごくいい音。
 その音を、上手に再現する太郎冠者が、上手!
 良い声、良い姿、、、、さすがの人間国宝の万作さんです!
 長い狂言で、たっぷり見せていただきました♪
 
 次に仕舞の「頼政」は近藤乾之助さん。重鎮ですね。

 以仁王の乱で平家打倒のために挙兵し自害した頼政が、思い出を語り、
宇治川の橋合戦のさまを語ります。
 
能は「殺生石」
 シテは宝生和英さん。里の女と、後半は野狐
 ワキは村瀬堤さん。

 旅の僧が下野国の那須野ヶ原を通りかかります。
 供のものが、石の上を飛ぶ鳥が落ちるというので不思議に思っていると、里の女があらわれ、石に触れると命が取られる、昔、天下転覆を図りこの地で殺された玉藻の前の執心が殺生石となったといわれを語り、消えます。

 里の女の衣装が野の花いっぱいの模様で、素敵!

 旅の僧が石の前で引導を渡すと、狐があらわれ、二度と殺生はしないと約束するのです。

 地謡の言葉の中に
♪勅使立って
 三浦の介上総の介両人に倫旨をなされつつ。
 那須野の化生の者を、退治せよとの勅を受けて。
 野干(狐)は犬に似たれば、犬にて稽古あるべしとて、百日犬をぞ射たりける。
 これ犬追うもののはじめとかや。♪

 なんていうのがありました。
 
 



 















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